「マーシャンズ・ゴー・ホーム」最終回の真実


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フリッパーズ・ギターが1990年4月から1年半の間、FM横浜で毎週火曜日の19時30分から30分ほどパーソナリティーをつとめていたラジオ番組「マーシャンズ・ゴー・ホーム」。クイック・ジャパンvol. 38(2001年8月28日)で当時ディレクターであった鈴木一男氏のインタビューが掲載されている(取材=大塚幸代ちゃん。彼女の依頼で僕は「これからフリッパーズ・ギターを聴く人のためのディスクガイド」を執筆した)。1991年10月29日の放送が結果的にフリッパーズ・ギター解散の公式発表の場となったが、実際には最終回までの5回分には小山田圭吾氏、小沢健二氏は出演していなかったという。

 

~以下、インタビューから一部引用~

 

大塚 「マーシャンズ」は、結果的にフリッパーズ解散の公式発表の場になってしまったわけですが…。

 

鈴木 これがね、最終回のテープがここにあるんですけど。10月29日。…彼らは、具体的には9月いっぱいで活動停止しているんですよ。それが決まったのが9月の末なんですよ。…決まったというか、そうなっちゃうっていうのは。僕は小山田のほうから「二人での収録は出来なくなる」って連絡をもらって。でも番組は続けなきゃいけないから、小山田、小沢個別でいいから録音をとろうと。じゃあってことで小沢に連絡をとったんだけど、彼はそれは嫌だと。…それで、オンエアまで日にちが無くなったんですよ。で、今までに録ったナレーションっていうのがあったんですが、それをつないでですね、話になるように。

 

大塚 え? 会話を切り貼りして?

 

鈴木 うん。それが最終回までの5回分。

 

大塚 …ぜんぜんわかんなかったです。

 

鈴木 そりゃわかんないようにやりますよ(笑)

 

大塚 じゃ、こぼれた選曲から拾ってっていう形で?

 

鈴木 今までのプレイリストを見ながら、かけられなかった曲を。それも割とテーマっぽく仕立てて。10月22日はルイ・フィリップ特集とか、してましたね。喋りも、その曲を紹介してるところなんかを、編集して集めて。こんなテープ作ったんですよ。「あいづち集」。彼らのあいづちが、これ一本まるごとはいっているんですよ。あいづちだけ(笑)

 

大塚 あいづち集…。

 

鈴木 その五回分の間は、一ヶ月、ほとんど徹夜してそれを編集していて。事務所やレコード会社が、フリッパーズを継続させるために彼らと交渉してる間ですね。ウチも好きなバンドだったので続けて欲しかったし。こんなに徹夜してんだからオマエラ番組に戻ってこいよ!って思ってましたけどね。

 

大塚 活動休止を撤回したら、番組再開できるようにと。

 

鈴木 うん…。彼らがもう一緒にやらないっていうのは、その時点では誰もしらないですから。スポンサーに対しても状況を説明できなくて。別に死んだわけじゃなかったし。もうどうしようもないので、最終回にしましょう、解散発表しましょうってなった時は…最終回はやっぱりピリオド打たなきゃいけないんで、そういう曲は残って無かったんですよ。こぼれた曲で作っても最終回は彩れないんで。瀧見くんと話をして、マーシャンズを総括する曲を選曲してもらったんです。で、オンエアの数時間前です、テープが完成したのは。

 

大塚 二人が瀧見さんを連れてきて選曲してもらって、小山田さんが「これでマーシャンズ・ゴー・ホームは終了です」しめて終わってるみたいなに、聞こえたんですけど。

 

鈴木 前に「マーシャンズ・ゴー・ホームはこれにて終了です」って小山田が洒落で言っていたような気がする、って思い出して。テープとして残っているかも定かじゃなかったんだけど、テープをリアルタイム一ヶ月ずうっと聴聞いて。そしたら見つかって…。見つかった時はもう涙出そうになって…。

 

大塚 …。

 

鈴木 しかも、泣いてる風に、言葉をつまらせてる風に、たまたま喋っていたんですね。「これは絶妙の出来だ!」って思いましたけどね。二回くらい放送前に聞きなおして、不自然はないかなーとチェックして。オンエアのあと、小山田から「最終回聞いて感激しました」って言われてバカヤロー!って思いましたけどね(笑)。「すごーい」って。

 

大塚 でも、それ狂ってますよ…。

 

~引用、終了~

 

前回のブログでも書いたが、フリッパーズ・ギターの解散はすでに知っていたので、マーシャンズ・ゴー・ホームの最終回は白けた気分で聞いていた。このインタビューを読んだ時も彼ららしいな、と思った。

1991年10月26日 僕らは少し早いフリッパーズ・ギターの「お通夜」をした


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フリッパーズ・ギターのヘッド博士の世界塔が発売された1991年の夏休み。アルバイトをしていたレンタルレコード屋のバイト仲間の女の子に「フリッパーズのファンジンを作っている子達と知り合ったんだけど会ってみない?」と誘われ、FAKEのN嬢と大塚幸代ちゃんに会った。彼女たちはFAKE主催のイベントをやりたいと考えていて、当時僕らは吉祥寺にあったクラブHutsleを借りてDJの真似事をしていたので、僕らで良ければと協力することになった。イベント名はヘッド博士にちなみ「FAKE HEAD'S NIGHT」だった。

 

DJは僕らのほか、イベントCandy Talkで回していたOさん、スペシャルゲストにファンジン英国音楽の編集長であった小出亜佐子さんに参加してもらえることになった。開催日は1991年10月26日、運悪く瀧見憲司さんのクルーエルレコードのイベントBlow-Upと同じ日だったが、僕らはFAKEの二人が作ったフライヤーをレコード屋や古着屋に置いてもらったり、渋谷のクラブクアトロや川崎のクラブチッタでUKインディーズのアーティストの来日公演があるたびに配りまくった。

 

1991年10月8日のクラブチッタでのプライマル・スクリームの来日公演の時も僕らはフライヤーを配っていた。プライマルのライブはマンチェ全盛期なのに、アンコールでMC5のRambling Roseをカバーする最高のロックンロールショーだった。ライブ後のチッタ周辺は熱気が残り、フライヤーを受けとる人たちも友好的だった。ところがN嬢と幸代ちゃんが顔色を変えて駆け寄ってきた。「小山田さんがいたから解散の噂は本当ですかって訊いたら、うん、って…。」。実はFAKEの二人は10月になってからフリッパーズ解散の噂をきき、彼らに近い人たちからも本当だと言われていたのだった。「幸代ちゃん、今日はやけになったみたいに踊るな」と僕は不思議に思っていたのだがそういうことだったのか。さすがに「えー!!!」と叫んだが、FAKEの二人は小山田さんのそばにいたスタッフらしい人に「パニックになったりすると困るでしょ、ね…」と言われていた。N嬢は「小山田さんから『これあげる』ってキャラメルもらった…」と、ポリスターの宣伝用のハイソフトを見せた。「口塞ぎでキャラメルかよ…」と力が抜けた。

 

それでもFAKE HEAD'S NIGHTは予定通り開催された。生憎の雨模様で肌寒い日だったのにも関わらず22時のオープンから30分過ぎた頃にはFAKEの二人が用意していたフリーペーパー200部がなくなり、Hutsleのキャパを遥かに上回る大盛況ぶりだった。ネットもケータイもなく、フライヤーとクチコミだけが頼りの時代によくこれだけの人が集まったと思う。


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僕は22時~22時半のオープニングと1時半~3時を担当した。(余談だがDJネームはアダ名のSUKERU。本名の透をもじってバイト先でつけられたアダ名だが、その後もDJをしている時は別人格[当時の本職は編集者]だと思って使い続けたので、今でも本名を知らずこのアダ名で呼ばれることがある)。掲載した写真のプレイリストには載っていないが最初の30分は客入りの時間帯でもあったので、クローディヌ・ロンジェのWho Needs Youやビーチ・ボーイズのGod Only knowsなどの元ネタをBGMのように回した。

 

後半の1時間半は人気のあったネオアコやマンチェに、当時知ったばかりだったソフトロックを混ぜた。ロジャー・ニコルスのDon't Take Your Timeをかけた時に「これ誰ですか?」と訊きにくる女の子が多かった(サバービアの再発盤が発売されたのは2年後の1993年)。1stのタイトルにもなってるからとかけたオレンジ・ジュースのThree Cheers for Our Sideはフロアの反応がイマイチだったが、ベレー帽ギャル殺しのウッド・ビー・グッズのCamera Loves Meで挽回した後は、モノクローム・セットのJacob's Ladder、ヘアカット100のMy Favourite Shirts、ブルー・ベルズのYoung At Heart、アズテック・カメラのPillar To Postと人気曲を連発し、最後はフリッパーズの午前3時のオプをかけて「今、午前3時でーす!」とドヤった。

 

イベント最後の曲はフリッパーズ・ギターのさようならパステル・バッジだった。FAKEの二人はやけになったかのように騒ぎ、曲が終わると「フリッパーズ・ギター解散!」と叫んだ。最後まで残ってた人たちが一瞬「え、何それ?」と少しざわついたが、イベントのお開きを告げる明かりがつくとしらけたかのように帰って行った。

 

10月27日朝5時。最終入場者数261人。Hutsleのオーナーは「どうもありがとうございました~」と客入りに満足気だったが、僕らは呆けたように「一足早いお通夜だったかもしれないね」と、力なく笑った。翌々日の10月29日、フリッパーズ・ギターの解散が公式に発表された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕らはそもそも何時に生きるのか

先日、ツイッターから「あなたがツイッターを始めて3年経ちました」と通知があった。

 

ツイッターが始まった2006年当時はミクシィをやっていて、暇さえあればしょっちゅう買ったレコード・CDや行ったライブやクラブで回したことを日記に書いていた。「(日本語で)140字なんて短すぎる」と思ったし、使い方がよくわからなかったので、ツイッターはやらなかった。

 

2007~2011年の間は病気で引きこもり、ネットはまったくやらなかった。病気が治り、結婚し、スマホを買い、久しぶりにサマソニに行くからツイッターで情報収集してみようかと始めた途端、ライターの大塚幸代ちゃんの訃報が偶然TLに流れてきた。携帯を無くし、昔の友人とは音信不通になっていたので、独り空しく幸代ちゃんの思い出をはてブに書きつぶやいていたらリツイートされ、一桁だったフォロワーが瞬く前に三桁を超え、音信不通だった友人にフォローされ、平謝りでレコードを返すこともできた。

 

今でもツイートは昔語りの方がバズり、新しく興味を持ったことをツイートしても不発する。僕らはそもそも何時に生きるのか。

 

https://youtu.be/f0Q1dpobHus

 

 

 

 

 

燃え殻ならぬ燃えかす

1992年10月16日。僕は所属していた音楽サークルが発行していた同人誌に「no more words  コトバニデキナイ」と題した原稿を書き、最後にこう綴った。

 

この夏に、僕はなんとか就職を決めた。印刷機材を販売する代理店だ。友人の何人かは僕がDJ/ライターにでもなろうとし、まともに就職活動なんてしないんだろうと思っていたらしい。とにかく、僕はもう音楽を言葉と表現の水溶液で薄めたり、クロス・フェーダーで無理矢理つないだりするのは止めようと思う。本当はほんの少しだけ楽しければね、それで良かったんだけど。でも、「青春は一度だけ」だし、思春期はもう終わったのだから。

 

ところが、実際は違った。印刷機材の代理店は一年で辞め、音楽関係ではないが編プロ、出版社を転々としながら、給料のほとんどをレコード・CDにつぎ込み、DJも続けた。音楽はあくまでも趣味で仕事にはしないと常々言っていたつもりだったが、結婚後は中古音楽ソフトの査定人になった。妻には安定した職業についてほしい、音楽関係は特に止めてと言われていたのに、だ。

 

僕たちはみんな大人になれなかった/燃え殻 を読む僕を冷ややかに見ながら、妻はこう言った。

 

「あなたが似たような本を書くならペンネームは燃え殻ならぬ、燃えかす、ね」。

 

 

ボクたちはみんな大人になれなかった

ボクたちはみんな大人になれなかった

 

 

プリファブ・スプラウトの音楽 ー 永遠のポップ・ミュージックを求めて

「“アルバム”って、覚えているかい?   “アルバム”は、今も重要だ。本や黒人の命と同じように」。

 

2015年のグラミー賞授賞式で最優秀アルバム賞のプレゼンテーターとして登場したプリンスは、会場の聴衆に向けてこう語りかけた。80年代、プリンスは「Purple Rain」で大ヒットを飛ばした後、「Around The World In A Day」「Parade」「Sign Of The Time」と次々に作風の異なるアルバムを発表した。セールス的には成功しなかったが、これらのアルバムは20世紀に発表された重要な作品として、今でも高い評価を得ている。

 

1960年代後半、ボブ・ディランビートルズの登場によってロック/ポップ・ミュージックはシングルからアルバムで評価されるようになった(皮肉なことに現在の音楽シーンはシングル評価に逆戻りしているが)。こうした80年代以降の音楽の世界において希有な存在として活動を続けるバンド、それがプリファブ・スプラウトであるーと唱えるのが、渡辺亨氏の「プリファブ・スプラウトの音楽 ー 永遠のポップ・ミュージックを求めて」である。

 

本の帯には、「プリンス、マイケル、マドンナと同時代を並走してきたポップ・マエストロ、パディ・マクアルーン(注:プリファブ・スプラウトの中心人物)の創作の魅力を解き明かす」と記されている。プリファブ・スプラウトをあまり聴いたことのないうちの妻は、「そんなに売れたバンドだっけ?大きく出過ぎじゃない?」と言った。確かにセールス的には、プリファブ・スプラウトは彼らには遠く及ばない(パディ・マクアルーンはプリンスの音楽のファンなのだが)。しかし、彼らの音楽が今も色褪せないのと同じように、プリファブ・スプラウトの音楽はポップで親しみやすく、難解ではない。それなのに、本書を読むと、パディ・マクアルーンの作詞・作曲がいかに凝っているかがわかる。音楽だけでなく、文学、映画、宗教、都市の成り立ちや歴史など、さまざまなエッセンスが詰まっている。だからこそ、プリファブ・スプラウトの音楽はプリンス、マイケル・ジャクソン、マドンナ、ひいてはボブ・ディランビートルズのように深読みしたくなる存在なのだ。

 

例えばセカンド・アルバムの「STEVE McQUEEN」(アメリカとカナダでは商標登録の理由で最初は「Two Wheels Good」というタイトルで発表された)。スティーブ・マックイーンは言わずと知れたアメリカ人の俳優だが、なぜイギリスのバンドで、どちらかと言えば軟弱なイメージのプリファブ・スプラウトが、男臭い俳優の名前をアルバム・タイトルにしたのか、興味が湧いてくるだろう。後の「ラングレー・パークからの挨拶状」「ザ・ガンマン・アンド・アザー・ストーリーズ」でも、パディ・マクアルーンはアメリカ文化を題材にしており、本を読みながらアルバムを聴いていると、アメリカの歴史を旅しているような気分になった。

 

本書を読みながらプリファブ・スプラウトで一番好きな曲「Hey Manhattan!」を聴いている時、僕は小沢健二の「流動体について」を思い出した。華麗なストリングのアレンジと都市をめぐる歌詞。これも深読みだろうが、小沢健二は「流動体について」を作詞・作曲する時にこの曲を思い出したのではないだろうか。

 

https://youtu.be/VDDJPbWq22E

 

本書でも、小沢健二の「ある光」の「神様はいると思った/僕のアーバン・ブルースへの貢献」は、プリファブ・スプラウトの「Cruel」にインスピレーションを得て生まれたとも紹介されている。「Cruel」のフレーズはこうだ。「たとえシカゴのアーバン・ブルースでも、きみを失ったことを嘆き悲しんでいる僕の気持ちほど切実じゃない」。

 

(余談だが、フリッパーズ・ギターと関わりの深かったライター/DJの瀧見憲司氏が主宰したレーベル名はクルーエル・レコードである)

 

渡辺亨氏は本書の「はじめに」で、「優れた作品ほどさまざまな解釈を呼び起こす。曲や歌詞、サウンド、ジャケットなどすべてを読み解こうとする試みそのものが、音楽の楽しみ方のひとつだと僕は考えている」と記している。また「あとがき」で、「ポピュラー音楽は純粋に音楽だけで成り立っているわけではなく、それを取り巻く状況も、また意味を持っている」とも。

 

新書サイズの音楽本が最近多く出版され、140字のTwitterから写真一枚のInstagramへ世の中の表現の流行が移り変わる中、本書のような読み応えのある音楽本もまだまだ出版されてほしい。そして、それに見合うポップ・ミュージックが発表され続けてほしいー。毎日中古レコード・CDを査定しながら、僕なりのポップ・ミュージックへの貢献を考えるのであった。

 

 

プリファブ・スプラウトの音楽 永遠のポップ・ミュージックを求めて

プリファブ・スプラウトの音楽 永遠のポップ・ミュージックを求めて

 

 

 

 

 

書けぬ、どうしても書けぬ。

今年に入ってから3ヶ月近くブログを更新していなかった。

 

そもそも個人的な音楽語りが主なのだから、ツイッターがあれば事足りるのだが、やはり140字では言い尽くせないこともある。とは言え、ある程度の文少量を書くためには時間が必要になる。編集者をやっていた頃に比べれば今は遥かに時間があるのだが、時間があると却ってだらだらするのが人間の常で、あのCDや本について書こうと思いながら、結局後回しにしている。ちなみに候補だったのは、小沢健二「流動体について」、野中モモデヴィッド・ボウイー変幻するカルト・スター」、山内マリコ「東京23話」を模した自分が育った町のエッセイ、などである。

 

ブログはあくまで個人のログなので書かなくてもいいと言ってしまえばそれまでなのだが、最近衰えの激しい記憶力を鍛練するためにもせめて一ヶ月に一度は更新したい。それなのに、なぜやらないのか。答えは簡単。ブログには〆切がないから。

 

しめきり。そのことばを人が最初に意識するのは、おそらく小学生の夏休みの宿題です。(中略)あれほど追いつめられて発狂寸前まで苦しんだはずなのに、いつの間にか叱咤激励して引っ張ってくれている、〆切とは不思議な存在です。

 

明治から現在に至る様々な分野の書き手たちの〆切にまつわるエッセイ、手紙、日記、対談などを集めた『〆切本』は、こういう時に拾い読みするのに適した本である。そして読んだ後、作家を気取って再び思うのだ。書けぬ、どうしても書けぬ、と。

 

〆切本

〆切本

 

 

 

 

私的2016年ベスト音楽トピック


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2016年が終わる。テン年代以降、レコード・CDをあまり買わなくなり、中古CD査定業をしているくせに今の音楽シーンをまったく知らない。スマホAWAを入れているが作るプレイリストはさんざん聴いたものばかりだ(Apple MusicでもSpotifyでもないところがまた微妙)。そんな状態なのに年間ベストをやる意味があるかと思うが、年々衰える記憶力を鍛練する必要もあるので、ベストアルバムではなく、私的音楽トピックを。

 

●METAFIVE のアルバム&ライヴ

今年一番のお気に入り。自分が好きな中期YMOのような硬質的でありながらポップなサウンド&打ち込みを多用しながら肉体的なビートで、アルバムもライヴも素晴らしかった。12月のツアーで活動は一段落のようだが、また「再生」してほしい。

 

小沢健二の魔法的新曲7曲

自分でも意外だが初めて見た小沢健二のライヴは、バンドサウンドを追及した横ノリのディスコファンクで、歌詞だけでなく音楽に対するひた向きな姿勢にかなり心打たれた。レコーディングはやらないだろうと思っていたが、いつか発表されるかもしれないアルバムをのんびり待つことにする。

 

星野みちるのマイペースぶり

妻には「いい歳してアイドルなんて聴かないで」と言われるのだが、そもそも星野みちるを年齢的にアイドルと呼ぶのは無理がある(失礼)。何しろ今年発表したカバーアルバム「My Favourite Songs」で森高千里の「私がオバさんになっても」を選び、吉田豪にいじってくださいと言わんばかりなのだから。一方でシングル「素敵にX'mas Night」では作曲を手掛け、はせはじむが作詞し、よくあるアイドルとプロデューサーの関係が逆転していのが面白い。天然なのか天才なのか、とらえどころがなく、マイペース過ぎるところが彼女の魅力。

 

パイドパイパーハウスの復活

パイドパイパーハウス世代ではないが、本を通じて妄想することしかできなかったレコ屋が21世紀ver. で復活したのは嬉しかった。コンピレーション・アルバム「Best Of Pied Piper Days」も良かった。来年も継続が決定し、喜ばしい。

 

●ワーハピ2016

矢野顕子スチャダラパーポカスカジャンムーンライダーズ電気グルーヴ、METAFIVE、好きなアーティストばかりで楽しすぎた。33年ぶりにライブで聴いた「君に胸キュン」に感動したテクノおっさん(by大森靖子)であった。

 

●高木荘太の荒唐無稽音楽辞典

今年一番笑った本。重箱の隅をつつくような下らなくも的確過ぎる文章が最高。「フリッパーズ・ギター→暴走族の敵」を読んで、自分も暴走族とは仲良くなれそうにないと頷いてしまった。もちろん本業(?)の井の頭レンジャーズとCAT BOYSのCDも最高だった。 

 

●「男と女」のデジタル・リマスター上映

ビデオやDVDでしか見たことのなかった「男と女」を映画館で見られる日が来るとは思わなかった。館内を満たすピエール・バルーのサンバ・サラヴァの静かな響きはやはり素晴らしかった。もちろんダバダバの主題歌も。

※追記 2016年12月28日、ピエール・バルーがこの世を去った。哀しい。合掌。

 

ロジャー・ニコルス・トレジャリー

企画から22年かかったという21世紀最大の発掘音源。ロジャー・ニコルスがいなかったら、ピチカート・ファイヴのカップルズは生まれなかったかもしれないし、僕も音楽オタにならなかったかもしれない。

 

●星になったスターたち

今年はあまりにも多くのロックスターたちが天国に旅立った。特に昨年西寺郷太さんの「プリンス論」を読み、久々に自分の中で再燃していたプリンスが急逝したのはショックだった。さらに追い討ちをかけるようにこのブログを書いている最中にジョージ・マイケルの訃報を知り、しばらく茫然としてしまった。デッド・オア・アライヴのピート・バーンズも亡くなったし、自分の記憶の中でキラキラしていた80年代洋楽の思い出が急に霞んでしまうようで感傷的な気持ちになった。神様は天国でのフェスをたいそう楽しんだに違いない。

 

●会社の忘年会でのDJ

DJ をやったのは4年ぶりだろうか。

 ・Short Short(タモリ倶楽部使用曲)/ Royal Teens 

恋するフォーチュンクッキー / 星野みちる

・Saturday In The Park /  Brady Bunch 

・Never Did I Stop Loving You / Alice Clark 

・Good Morning To You / Lexia 

・Can't  Take My Eyes Off You / 坂井泉(Zard)+小西康陽

と短いセットリストだったが、結構ウケて、久々に楽しかった。

 

以上、2016年の私的音楽トピックでした。来年もよろしくお願いいたします。