渋谷系と言った覚えはないんだけど

音楽における「渋谷系」という言葉は、いつ始まったのか? 若杉実氏の『渋谷系』では、セゾングループが発行していたタウン誌「apo」の1993年11月9月号で、「センター街じゃあたりまえ “渋谷系”ミュージックって、なに?」という記事が最初ではないかと記されている。記事を書いたのは『バファアウト!』の発行人の山崎二郎氏で、HMV、WAVEの両渋谷店の邦楽コーナーの紹介、象徴的なアーティストの作品レビューで構成されていたという。

 

僕はこのタウン誌の記事のことは知らなかったが、紹介されているアーティストの作品は、1993年だからおそらく、

 

ピチカート・ファイヴボサ・ノヴァ2001」

コーネリアス「HOLIDAYS IN THE SUN E.P.」

小沢健二犬は吠えるがキャラバンは進む

オリジナル・ラヴ「EYES」

 

あたりだと思う。

 

ピチカート・ファイヴの「ボサ・ノヴァ2001」は当時大好きでヘビロテしたし、今でも聴く。コーネリアスの「HOLIDAYS IN THE SUN E.P.」は、スタイル・カウンシルジャミロクワイのパクリで、フリッパーズ・ギターの延長線上で新鮮味がないと残念に思った覚えがある。小沢健二の「犬は吠えるがキャラバンは進む」はフリッパーズ・ギターとのあまりのちがいにとまどいつつも、歌詞の深さにはまった。オリジナル・ラヴの「EYES」は前作「結晶」のほうがアシッド・ジャズとリンクしてて好きだったので、あまり聴かなかった。

 

当時の僕の音楽趣味はジャズ、ソウルに移行していたので、この時期に発表された日本人アーティストだと、

United Future OrganizationUnited Future Organization

Silent Poets「POTENTIAL MEETING」

ラブ・タンバリンズ「Cherish Our Love」

 

あたりも聴いていたと思う。

 

以後、若杉実氏『渋谷系』に登場するアーティストやWikipediaの「渋谷系」に列挙されている関連ミュージシャンで、今でも愛聴する主なアルバムだと、

 

ピチカート・ファイヴ「オーヴァードーズ」

小沢健二「球体の奏でる音楽」

ラブ・タンバリンズ「ALIVE」

スチャダラパー「5th wheel 2 the coach」

TOKYO NO.1 SOUL SET「TRIPLE BARREL」

テイ・トウワ「Future Listening!」

Silent Poets「Words And Silence」

竹村延和「Child’s View」

 

あたりになる。

 

自分の感覚では、そもそもの始まりは、フリッパーズ・ギターのラスト・アルバム「ヘッド博士の世界塔」、オリジナル・ラヴのデビューアルバム「LOVE!LOVE!LOVE!」、ピチカート・ファイヴ野宮真貴をヴォーカリストに迎えた初のアルバム「女性上位時代」が相次いで発表された1991年だと思う。過去の音楽(テレビ・映画のセリフや効果音なども含む)を編集し、現代風にリメイクする温故知新の音楽手法(ピチカート・ファイヴ小西康陽は自分の音楽を「録音芸術」と言っていた)は、当時流行っていた音楽を聴くだけだった僕には大きなインパクトがあったし(昔の音楽というとビートルズローリング・ストーンズなどの代表的なものしか知らなかった)、彼らが元ネタにしていた音楽を知ることで、自分の音楽の趣味は一気に広がった。ちょうどタイミング良く、渋谷に大型CDショップ、輸入盤店、中古盤店が次々とオープンした(渋谷の宇田川町は「世界一レコード店が多い街」としてギネスブックに認定されたこともある)。

 

当時、自分が仲良かったUKインディーズを聴いていた音楽仲間の間にも変化があった。僕はブラン・ニュー・ヘヴィーズガリアーノなどのアシッド・ジャズクルーエル・レコードからデビューしたラブ・タンバリンズが好きになりジャズ/ソウルを聴き出したし、ある娘は電気グルーヴをきっかけにプロディジーアンダーワールドなどのテクノにはまったし、ニルヴァーナの登場でグランジにいった奴もいたし、サニーデイ・サービスの「若者たち」を聴いてはっぴいえんど細野晴臣大滝詠一などの1970年代の日本語ロックに遡る者もいたし、フリッパーズ・ギターを忘れることができなくて、トラットリア・レーベルのヴィーナス・ペーターやブリッジなどを追い続けたり、カーディガンズクラウドベリー・ジャムなどのスウェッディッシュポップを好きになる女の子もいたり、みんな様々だった。

 

では、自分が聴く音楽を「渋谷系」と言っていたかというと、覚えがない。若杉実氏も本を書くまで「渋谷系」と活字を原稿に打ち込んだ記憶がないし、取材した人も仕事でもプライベートでも言わなかったという。Wikipediaの「渋谷系」の項では「音楽評論家の田中宗一郎氏が『宇田川町の外資系CDショップを中心とした半径数百メートルで流通する音楽』を揶揄する意図を込めて命名した」と記載されているが、「(渋谷系)はあくまでも外野のことば」(山崎二郎氏)なのだろう。自分も、他人に日本人ならどんな音楽を聴くのと訊かれ、アーティスト名を列挙すると「ああ、渋谷系ね」と言われ(そのあと「おしゃれだね」という言葉がたいてい続く)、自分の聴く音楽はそういう風にいわれているんだと知り、「いわゆる渋谷系」と自嘲気味に言うようになった気がする。

 

若杉実著『渋谷系』では、「渋谷系」が衰退していったのは1995年~96年ぐらいだと取材に答えた人が言っているという。当時のことを思い出してみると、ピチカート・ファイヴから高波敬太郎が脱退(*1)、オリジナル・ラヴはメンバーが次々と脱退し実質的には田島貴男のソロユニットに(*2)、小沢健二は地味なジャズ・テイストのアルバム「球体を奏でる音楽」を発表し「王子様」キャラから脱皮したが大ヒットした「LIFE」に比べセールス的には不調(*3)、ラブ・タンバリンズは解散、と大きな変化が続き、一つのムーブメントが終わった感覚は確かにあった(コーネリアスカジヒデキカヒミ・カリィは人気だったが聴いていなかった)。

 

それでも、渋谷HMVには2010年の閉店まで通った。オープン当初の店舗(現パチンコ・マルハン)からセンター街に移動し(現FOREVER21)、名物だった太田浩氏の「SHIBUYA RECOMENDATON」コーナーはなくなったが、試聴機を聴けば必ず好みの音楽には出会えた。UA、birdなどのソウル・ディーヴァ系から、畠山美由紀アン・サリー、noonなどの女性ヴォーカル、キリンジハナレグミ冨田ラボなどの良質なポップス、フィッシュマンズbonobosThe Miceteethなどのスカ/ダブ系、Fantastic Plastic MachineSunaga t Experience、calm、chari chariNujabesなどのクラブ・ミュージック…、と枚挙にいとまがない。

 

今秋、渋谷HMVが復活する。新しい音楽を聴かなくなって久しいが、また出会えるかもしれない。

 

 

*1ピチカート・ファイヴ小西康陽野宮真貴の二人体制になっても順調に活動し続け、僕も解散するまで聴いた。その意味では渋谷系の最後の砦だったのかもしれない。

 

*2 田島貴男のソロユニットになってからの第一弾シングル「プライマル」はドラマ「オンリー・ユー~愛されて~」の主題歌になり、オリコンチャート初登場5位を記録しているので、一般的には人気のあるオリジナル・ラヴの曲かもしれない。

 

*3 アルバム収録のシングル「大人になれば」はワンカップ大関のCMソング(田村正和と共演)でオリコンチャート7位を記録し、この曲で紅白歌合戦に出演している。ちなみに僕は小沢健二でいちばん好きなアルバム。

 

 

渋谷系

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