『プリンス論』を読んで音楽の作り手・受け手が思い出すべきこと

プリンスのアルバムのジャケットを見て、「イケてる」と思う人はまずいないだろう。2ndアルバム『Prince』では胸毛を露出し、こちらを見つめる。3rdアルバム『Dirty Mind』は黒ビキニ一丁にトレンチコートでほとんど変質者。10thアルバム『Lovesexy』に至っては「安心してください。履いてません」ポーズをとる。

そんな見た目は気持ち悪いプリンスだが、音楽は高い評価を得ている。1984年に発表されたシングル「When Doves Cry」はその年のビルボード・チャートの年間ナンバーワン・シングルとなり、マイケル・ジャクソンより早く黒人では3人目の快挙を成し遂げている。1987年発表のアルバム『Sign O'  The Times 』はアメリカのローリングストーン誌の1980年代ベストアルバム100で4位、イギリスのロンドンの情報誌タイムアウトの「史上最高の100枚」では1位に輝いている。日本では岡村靖幸氏がプリンス・ファンとして知られ、『ジョジョの奇妙な冒険』の作者・荒木飛呂彦氏は第5部の主人公ジョルノのスタンド名を、プリンスの曲「ゴールド・エクスペリエンス」と名付けている。

こうしたプリンスの凄さを紹介するのが西寺郷太さんの『プリンス論』。翻訳書はあるが、日本人では初めてのプリンスについて書かれた書籍である。なぜこれほど著名なアーティストなのに今まで書籍がなかったのか。それはまずプリンスが受けたインタビューは少く、自分の情報をコントロールしていることが一番の原因である。さらに困難なのがプリンスが多作家であること。1978年のデビュー以来、ほぼ1年に1枚のペースでアルバムを作成し、2枚組、3枚組、5枚組のものまである。シングルのカップリング曲も未発表曲で、しかもシングルにしても遜色のないクオリティだ(ちなみに今年サマーソニックで初来日したディアンジェロもプリンスを崇拝しているが、プリンスのトリビュート盤では、シングル「Raspberry Beret」のカップリング曲「She's Always In My Hair」を選んでいる)。制作途中でやめたアルバムもあるため、不正に発売されたブートレグ海賊盤)も数多くある。要するにファンでいるだけでも大変なのである。

西寺郷太さんの『プリンス論』を読んで驚いたのは、デビューから現在までプリンスのアルバムを紹介する章立てなのに、新書に収まる文章量でまとめていることだ。さらに音楽家ならではの分析もきちんと盛り込まれている。例えば、「When Doves Cry」とともに全米1位になった「Let Go Crazy」を例に、それまで黒人の代表的な音楽であったディスコミュージックより意図的にテンポを上げることで新たな白人のロック・ファンを獲得したと分析している。さらに、日本の一般的なリスナーに受けるのはアップテンポの早い音楽かバラードの遅い音楽でミディアムテンポのものは受けないとし、ファレル・ウィリアムスの「Happy」はヒットしたが、全米で大ヒットしたマーク・ロンソン&ブルーノ・マーズの「アップタウン・ファンク」が日本ではあまりヒットしなかったことも指摘している。この「アップタウン・ファンク」は初期のプリンスが得意とし、彼の出身地にちなんで名付けられた「ミネアポリス・ファンク」をベースにしている。デ

そして、何より読んでておもしろいのが随所に盛り込まれている西寺郷太さんのユニークな突っ込み。これがあることで、マニアックな蘊蓄本に終わってないところが素晴らしいと思う。まだ小学生でプリンスのアルバムを欲しがる西寺郷太さんに対し、お母様が「郷太、小学生には小学生の聴く音楽があります」と禁止したエピソードを読んで、自分も当時プリンスのプロモーションビデオを見て母が顔をしかめていたので、夜中に録画したものをこっそり見るようにし、余計悶々としたのを思い出した。

高校時代の同級生のY君が海賊盤も収集するマニアだったため(私服可の遠足の時に紫色のスーツを着てきた筋金入り)、「Paradeツアー」「Lovesexyツアー」「NUDEツアー」の東京公演全日のライブを見ることもできた。プリンスは感極まるとビキニ一丁にハイヒールになるが、幸いなことにステージから遠い席で、スクリーンもまだ画質が悪かったため、純粋に音を楽しめた。好きな曲を一曲選ぶのは難しい。プリンスはアルバムで聴くものだと思っている。強いて挙げれば『Parade』だ。

プリンスは2015年のグラミー賞でアルバム賞のプレゼンテーターとして登場し、こうスピーチした。

「『アルバム』って…覚えている?」
「アルバムは、今も、重要だ」
「本や、黒人の命と同じように。アルバムは、今も重要だ。今夜も、これからも…。年間最優秀アルバムです」
※黒人についての言及は「ファーガソン事件」「エリック・ガーナー事件」(警官による黒人暴行)に対して。年間最優秀アルバムはベックの『モーニング・フェイズ』。

iPodをはじめとしたデジタル携帯プレイヤーの登場以降、音楽のダウンロード販売が普及し、さらにAppleMusic、AWA、LINE MUSICなどの定額ストリーミング・サービスの開始で、音楽はシングル中心の聴き方になっている。西寺郷太さんも指摘しているが、スマートフォンで音楽を聴くことが主流になりつつある現在ではアルバムを最初から最後まで聴く間に、メールやSNSのメッセージがどんどん届く。以前、あるアーティストが「これからのアルバムは20分くらいが最適かもしれない。それぐらい現代人には音楽に集中する時間がない」と発言していたのを読んだ。僕は未だにCDを買い、iPodを使う時代遅れの男で、アルバムも最初から最後まで聴く。それでも全曲いいと思うアルバムが減っている気がする。作り手もシングル・ヒットに気をとられ過ぎなのではないか。

アルバム『Lovesexy』のCDはアルバム全曲が一曲のデータで、飛ばすことができないようになっていた。自分の意図があってこの曲順にしたのだから、最初から最後まで聴いてほしいという意志の強さだ。こうした強気の姿勢こそ、今の作り手がプリンスに見習うべきことではないかと、西寺郷太さんは指摘している。そして、私たちリスナーも「教育してもらう」喜びを素直に享受すべきではないだろうか。「○○って○○だよね」と簡単につぶやき、それがあたかも世間の評価であるかのように広がるSNS時代だからこそ。

何より、プリンス自身、こう歌っている。

“If U set your mind free, baby. Maybe U understand. ”(「Starfish and Coffee」)

でも、良い子の皆さんは、ビキニにハイヒールは真似しないようにしましょう。単なる変態扱いされます。

プリンス論 (新潮新書)

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