THAT’S MISSERABLE ENTERTAINMENT!~1991年のモリッシー来日公演再録


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Twitterモリッシーが来日することを知った。今から約四半世紀前、モリッシーは初来日を果たした。あの頃はその後何度も来日するとは思わなかった。というわけで、いつもの思い出話。大学生の頃所属していた音楽サークルのファンジンに書いた、1991年9月1日の武道館公演の再録。

 

~↓以下、再録↓~

 

モリッシーが遂に日本にやってくる。ライブ会場をスミスTシャツを着て花束を持ったファン達で溢れさせ、ステージに登ってモリッシーにキスをするというウォールバーハンプトン儀式を繰り返しているワールド・ツアーの一環としてだ。

 

だけど、日本ではそうはいかないはずだよ、モリッシー。きっと会場は厳重な警備がしかれて、誰もあなたに抱きつくことなんてできない。それに僕らはあなたの命である詞の意味をほとんど理解しちゃいない。僕らは何言われたって「イェー!」しか言わないんだから。おまけに僕らはあなたを単なる「モリッシー」だと思っていない。「スミスのモリッシー」としてあなたをとらえているんだ。こんな状況であなたはライブをやるんだ。こんなに最高な「孤独」をあなたに与えることができて、僕はすごく嬉しいよ。だって、あなたは「孤独」が大好きなんでしょ。

 

ライブを待つ僕の心は、いささかこんなくだらないアイロニーに満ちていた。だか、モリッシーという異形の人はそれだけ僕の中で大きな存在感を持ち、僕の価値観を大きくつき動かした人なのである。阿保らしいと思われるかもしれないけど、それだけひどい気後れと焦燥感と不安を僕は持っていたのだ。聴くたびにスピーカーの向こうで巨大化する、モリッシーという「カタマり」に押し潰されそうだったのだ。

 

結果的にライブは素晴らしかった。バックを務めるロカビリー兄ちゃん達の演奏が下手っぴでも、警備がやたらに厳重でも、僕はすごく満足だった。モリッシーはあのナルシスティックなクネクネ躍りを思う存分僕に見せつけ、二回も脱いでくれた。とりとめもなく生のエネルギーを放出するかのように、立て続けに歌う彼の姿は巫女のようにも生け贄のようにも見えた。そこには「伝説」も「貫禄」も何もなかった。

 

ただ彼がそこにいて僕がここにいる。一つの同じ空間の中にいる。周りの奴等なんて僕の目には入らない。ただ彼の姿だけが見えるその喜び。その喜びを、僕はただ素直に受け入れさえすればいい。それだけで、充分なんだ。共有するものなど何もない、断絶された空間。叫びは、花束は、想いは、すべてモリッシーにのみ収束される。だが、そこには一人ひとりのためのひどく心地よい開放感に満ちていた。単純に見られてすごく嬉しかった。今はそれだけで良かったんだと思っている。

 

「人が何と言おうと、とにかく僕は勝った。戦いはすでに終わってしまったんだよ」。ー確かにそうなのかもしれないね、モリッシー

 

~追記~

タイトルはモリッシーがジャムの“That ’s Entertainment”をカバーしていたので。この時のライブでは、スミスの曲はやっていない。

厳重な警備をかいくぐって、モリッシーに抱きついた男性がいたことが話題になったが、僕はモリッシーに抱きついたとは思わなかった。