丘を越えて行こうよ
真澄の空は朗らかに
晴れて楽しい心
鳴るは胸の血潮よ
讃えよ わが青春(はる)を
いざゆけ 遙か希望の丘を越えて
(作詞:島田芳文 作曲:古賀政男)
※矢野顕子が1stアルバム「Japanese Girl」でカヴァー
1都3県の緊急事態宣言が2週間延長され3月21日までとなったが、このブログで何度も書いている通り自分が働いているオンラインショップはコロナ禍でも通常営業のため相変わらず通勤している。通勤電車も人が戻ってきて以前のようにガラガラということはなくなった。
こないだ妻が買いたいものがあるというので渋谷に数ヶ月ぶりに行ったが、コロナ禍前と変わらないほどの混雑ぶりだったので買い物を済ませたら飲食はせずテイクアウトをしてとっとと帰宅した(兆楽でルースチャーハン食べたかった)。
正直なところ2週間の延長程度ではそう簡単に状況は変わらないだろう。とは言え開き直るわけにもいかないので、これまでと変わらず粛々と暮らす日々をもうしばらく続けることになりそうである。
妻、母、職場の人以外に会わない・会えないようになって一年以上経つ。たまにSNSやメールでやりとりもするがもともと自分から頻繁に連絡する方ではない。「便りがないのはよい便り」とも言うが、この状況ではそうも言っていられないのでコロナ禍を記録する意味でも放置気味だったこのブログも来月以降も更新するのだろう。
先日、ツイッターを始めてまだ全然フォロワーがいなかった頃、今は亡き大塚幸代ちゃんとの思い出を綴ったブログをきっかけにフォローしてくれた方がフリーペーパーに執筆した文章をご自身のnoteにアップした。ブログのタイトルは「丘を越えて」。小泉今日子の歌の引用だが個人的にはこのコロナ禍に読んだ文章のなかでもっとも心に残った。
丘を越えて 会いに行こう
大好きな あの人に
丘を越えて 会いに行こう
スキップして 歌いながら
久しぶりに聴いたがゆるいスカのテンポだがどこか哀しいメロディーの曲で後に青木達之氏の葬儀で流されたという。
昨日の風が追い越すけど 歩いて行こう
あなたの顔見たら きっと泣いてしまう
抱きしめて 抱きしめて 涙止まるまで
小泉今日子の「丘を越えて」を繰り返し聴いているとセンチメンタルな気分になるので、冒頭の藤山一郎の「丘を越えて」を矢野顕子のカヴァーで交互に聴くことにした。「はる」の希望の鐘が鳴るまでは。
讃えよ わが青春(はる)を
いざゆけ 遠く希望の鐘は鳴るよ